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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6071号 判決 1963年4月20日

原告 篠原浩

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

被告 東京都

右代表者知事 東竜太郎

右指定代理人東京都事務吏員 泉清

同 安田成豊

主文

被告は原告に対し金七八、九九二円及びこれに対する昭和三六年六月一一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が訴外人を債務者、被告を第三債務者として、訴外人の被告に対して有する原告主張の金三二〇、一七〇円の退職手当請求権のうち金一〇八、一一五円につき東京地方裁判所から債権差押及び転付命令を得、右各命令正本がそれぞれ原告主張の日に第三債務者たる被告及び債務者たる訴外人に送達されたことは当事者間に争なく、原告本人尋問の結果及びこれにより各真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、「原告は、昭和三六年三月三日訴外人に対し金一〇〇、〇〇〇円を弁済期同年四月二日、利息月六分、期限後損害金日歩金三〇銭の約定で貸与し、右消費貸借に関し執行認諾約款付公正証書を作成したが、訴外人は右約定の利息金の支払をしたのみでその余の支払をしなかつたので、原告はこれが強制執行として、訴外人に対する右公正証書の執行力ある正本に基く債権金一〇六、五六六円(右元金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年四月三日以降同年六月八日まで公正証書記載の日歩金九銭八厘の割合による期限後損害金六、五六六円)及び執行費用金一、五四九円、合計金一〇八、一一五円につき前記債権差押及び転付命令を得たものである。」ことを認めることができる。

そこで、次に右退職手当請求権の差押がはたして許されるか否かについて判断する。

昭和三一年九月二九日東京都条例第六五号(職員の退職手当に関する条例)に規定する退職手当は、東京都職員が退職した場合その者(死亡による退職の場合にはその遺族)に支給されるものである(第三条)が、その額は、まず、退職の日におけるその者の給料月額に、その勤務期間に応じ所定の方法により算出される割合を乗じて得た額をもつて普通退職の場合の手当額となし(第五条)、次いで、この額を標準として、その者が職員としての功労があつたことにより知事の表彰を受けた者であるときは、なお所定の割合による額を加算支給される(第九条)のに対し、非違により勧しようを受けて退職した場合には、所定の割合の額に減額支給される(第八条)のみならず、懲戒免職処分等により退職させられた場合には、一般の退職手当は全然支給されず(第一一条)、かつ、刑事々件に関し起訴された場合において、その判決確定前に退職したときも支給されず、ただ、この場合禁固以上の刑に処せられなかつたときに限り勧しようを受けて退職した場合と同額(もつとも、無罪の言渡を受けたときは本来受けるべき退職手当の額)が支給されるにすぎず(第一四条)、退職手当の額の多寡ないし支給の有無は、主として、退職当時における給料の高低、勤務期間の長短、在職中の非違等の有無によつて左右されるものである。このことからみれば、東京都の退職手当は、一応使用者たる東京都がその職員の一定期間における忠実な勤務に報いるため給与する報償金としての性格を有するものといい得るであろう。

しかしながらこのことから、直ちに東京都の退職手当の性格を右のように一義的に把握して、右退職手当が退職により脅威を受くべき一時の生活資料にあてるため、その職員ないしその遺族に対し給与される生活保障金としての色彩を全く帯びないものと断言することは許されない。なんとなれば右条例中には現に、所定の傷い疾病によりその職に堪えず退職した者ないし死亡退職による場合の遺族に対し、それぞれ普通退職の場合の額になお所定の割合による額が加算支給され(第六条)、或いは、三〇日前の予告のない解雇によつて労働者の蒙る生活上の困難を救うためにもうけられた労働基準法第二〇条及び第二一条の規定に該当する所謂解雇予告手当は一般の退職手当に含まれるとしたうえ一般の退職手当の額が右解雇予告手当の額に満たないときはその差額を退職手当として追加支給され(第一二条)、また、退職の日の翌日から一年の期間内に失業している場合においては、既に支給を受けた退職手当の額が一定の方式により失業保険法の規定を適用した場合に同法の規定により受けることのできる失業保険の額に満たないときは、その差額を退職手当として追加支給され(第一三条)、或いは、一定の資格を有する者で非違によることなく勧しようを受けて退職した者ないし職制、または、定数の改廃、予算の減少により廃職または過員を生じた場合に、勧しようを受け、もしくは、その意思に反して退職した者に対しては、傷い疾病ないし死亡による退職の場合と同措置が講じられる(第六条ないし第七条)旨の規定が存し、これらの規定からすれば生活保障金たる性格を帯有することを窺い得ないわけではないからである。もつとも退職後におけるその職員ないし遺族の生活保障に専ら寄与すべき給付としては、別に東京都恩給条例(昭和二三年九月二二日東京都条例)に基く恩給が存するのみならず、前記生活保障に関する優遇措置、就中、整理退職の場合における特別措置は、使用者たる東京都の行う行政整理等による人員整理の円滑な促進を期するための優遇措置と目すべき性格が濃厚であり、また、労働基準法所定の解雇予告手当ないし失業保険法の規定を適用した場合に受くべき一定の失業保険の額と一般の退職手当との差額を追加支給する措置のごときは、労働基準法ないし失業保険法の適用を直接受けない東京都職員に対し、同法において保障する権利を実質的に享受させるために便宜職員の退職手当に関する条例中に盛込まれたものと解され、かつ、東京都恩給条例に基き支給される恩給については、生活保障の実を挙げるため、「恩給を受ける権利はこれを譲渡し、または、担保に供することはできない。」「この規定に違反したときは恩給の支払を差止める。」(第一〇条)旨規定されているのに対し職員の退職手当に関する条例中にはこの種の規定が見当らないところからすれば、東京都の退職手当は多分に報償金たる性格を具有するものというに妨げないが、一面生活保障金としての性格をも帯有することを否定することはできないから、これが差押の可否を論ずるに当つては、右二要請の妥協点にその解決を見出すのほかないであろう。

しかるときは退職手当の全額につき全面的にその差押の可否を決すべきではなく、むしろ民事訴訟法第六一八条第一項第五号に掲げる「官吏の職務上の収入」に準ずべきものとして、その支払期に受くべき金額の四分の一に限り差押が許されるものと解するのを妥当とする。ところで右支払期に受くべき金額とは、同法第六一八条の二等の規定の精神に照せば、額面額から支払者が源泉徴収義務を負う額を控除した手取額と解するのを相当とするから、原告が前記退職手当請求権についてなした差押は、退職手当の額面額金三二〇、一七〇円から当事者間に争なき源泉徴収所得税額金四、二〇〇円を控除した残額金三一五、九七〇円の四分の一に当る金七八、九九二円(円位未満切捨)の限度において有効であり、ひいては、前記転付命令もその限度においてのみ権利移転の効力あるものといわなければならない。

しからば、原告の本訴請求中金七八、九九二円及びこれに対する本件転付命令が被告に送達された日の翌日たること当事者間に争のない昭和三六年六月一一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由ありとしてこれを認容すべきも、その余の部分は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古山宏 裁判官 黒田節哉 小西禮)

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